東北ウイスキー紀行:知られざる名蔵を訪ねて 〜東北で行きたい蒸溜所を大紹介〜

東北地方は、雄大な自然、深遠な歴史、そして独自の文化が息づく地域です。
近年、世界的に注目を集める「ジャパニーズウイスキー」の中で、東北の地からも個性豊かなウイスキーが生まれ、国内外のウイスキー愛好家や旅人を魅了しているのをご存知でしょうか?
本稿では、東北地方のウイスキーの深い物語を紐解き、その歴史、風土、そして各蒸溜所の個性に迫ります。
東北ウイスキーの魅力とは
豊かな自然と文化が育む独自性
東北のウイスキーは、清冽な水と大きな寒暖差によって育まれる独特の品質と風味を持ちます。福島県の安積蒸溜所では、日本遺産にも登録されている猪苗代湖からの安積疏水を仕込み水として使用。この水は有機物が非常に少なく滑らかな軟水で、ウイスキーに清らかさをもたらします。
宮城県のニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所も、蔵王連峰を経て流れる新川の伏流水を使用。その硬度の低さがウイスキー造りに理想的だと評価されています。山形県の遊佐蒸溜所は「湧水の里」として知られる遊佐町に位置し、質・量ともに最高の水が得られることが蒸溜所設立の決め手となりました。
この地域は古くから日本酒の銘醸地としても知られ、その水質や長年培われた醸造技術がウイスキー造りにも活かされています。岩手県の南部美人は、日本酒の蔵元として培った技術と創業時から使用している仕込み水をウイスキーにも活用する、伝統と革新を融合させた取り組みを進めています。
世界が認めるジャパニーズウイスキーと東北の貢献。「東北テロワール」とは?
ジャパニーズウイスキーは世界的に高い評価を受け、東北の蒸溜所もこの潮流の中で存在感を放っています。福島県の安積蒸溜所は「ワールドウイスキーアワード2022」のブレンデッドモルトウイスキー部門で世界最高賞を受賞し、名を世界に知らしめました。山形県の遊佐蒸溜所が初めてリリースした「YUZA First edition 2022」も、国際スピリッツチャレンジで金賞を受賞するなど、品質の高さが証明されています。
近年、日本全国で小規模なクラフト蒸溜所の復活や新規参入が相次ぎ、東北地方もこのトレンドの一翼を担っています。これらの蒸溜所は、地域の自然条件と日本酒醸造の伝統を組み合わせることで、独自の「東北テロワール」を確立しようとしています。伝統的な日本の職人技と西洋のウイスキー製造技術を融合させ、地元の資源と気候を最大限に活用することで、他に類を見ない東北ならではのウイスキーを生み出す試みは、地域創生の起爆剤としても期待されています。
東北ウイスキーの歴史と風土
黎明期から現代に至る東北ウイスキーの歩み
東北におけるウイスキー製造の歴史は古く、福島県の笹の川酒造(安積蒸溜所)は、1946年にウイスキー製造免許を取得し、東北最古の地ウイスキーメーカーとして70年以上にわたり製造を続けています。そのルーツは江戸時代創業の老舗酒蔵にあり、戦後の米不足と欧米文化の流入という困難な時代に、清酒造りが厳しくなる中でウイスキー製造に踏み切りました。
高度経済成長期には「チェリーウイスキー」が「北のチェリー」として人気を博しましたが、その後、酒税改正などの影響でウイスキー不遇の時代を迎えます。2000年代以降のクラフトウイスキーブームの中で、安積蒸溜所は再び脚光を浴び、2016年には本格的なウイスキー生産を再開し、国際的な評価を得るに至りました。
ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所は、「日本のウイスキーの父」と称される竹鶴政孝が、余市と異なる蒸溜所で生まれたモルト原酒をブレンドし、より味わい深いウイスキーをつくりたいという夢を実現するため、1969年に設立されました。
近年では、山形県の遊佐蒸溜所が、焼酎メーカー「金龍」の新たな挑戦として2018年に操業を開始。岩手県の南部美人は、日本酒の蔵元として2023年に県内で初めてウイスキー製造を開始し、独自の哲学で新たな道を切り開いています。
ウイスキーを育む東北の気候・水・樽材の特性
寒暖差がもたらす熟成の妙
東北の気候は、ウイスキーの熟成に独特の影響を与えます。福島県郡山市(安積蒸溜所)は、夏は35度、冬はマイナス5度という大きな寒暖差があります。この寒暖差は、ウイスキーが樽内で蒸発する「天使の分け前」の量に影響し、安積蒸溜所では年間3~5%と通常より多いことが特徴です。この高い蒸発率は原酒の成分が濃縮され、熟成が早く進むことに繋がります。特に冬の「磐梯颪」と呼ばれる寒風がウイスキーに独特の力を与えているとされています。
清冽な仕込み水が育む酒質
ウイスキー造りにおいて、仕込み水は酒質を決定づける重要な要素です。安積蒸溜所の猪苗代湖からの安積疏水、宮城峡蒸溜所の蔵王連峰を経た新川の伏流水、遊佐蒸溜所の「湧水の里」の水、南部美人の折爪馬仙峡伏流水と、各蒸溜所はそれぞれ優れた水源の恩恵を受けています。
ミズナラなど国産材の可能性
ウイスキーの熟成に欠かせない樽材においても、東北地方は独自の可能性を秘めています。東北の厳しい気候が、ナラ、クリ、ヤマザクラといった国産広葉樹をゆっくりと育て、美しい年輪を作り出します。特にミズナラは日本固有のオークとして、華やかな香りを生むことで知られています。
岩手県の南部美人は、岩手県二戸市が日本一の生産量を誇る「漆」の木を利用した樽を世界で初めて研究開発し、二戸でしか実現できないテロワールを持つウイスキーの熟成に取り組む革新的な挑戦も行っています。
東北の主要ウイスキー蒸溜所
福島県:笹の川酒造 安積蒸溜所

東北最古の歴史と革新
笹の川酒造は江戸時代創業の老舗酒蔵を母体とし、その歴史は1710年にまで遡ります。1946年にウイスキー製造免許を取得し、東北最古の地ウイスキーメーカーとして長年製造を続けてきました。2003年には他社(イチローズモルト)の原酒樽を預かる経験が、自社のウイスキー造りへの情熱を再燃させる転機となり、2014年には自社ウイスキー「YAMAZAKURA」をリリース。2016年には創業の地から移築された土蔵を「安積蒸溜所」として再始動させました。
「安積疏水」の恵みと「磐梯颪」がもたらす熟成の特徴
安積蒸溜所の仕込み水は猪苗代湖からの安積疏水を使用。郡山市の盆地特有の大きな寒暖差と「磐梯颪」がウイスキーの熟成に独特の影響を与え、豊潤な香りとスムースな口当たり、長い余韻を持つウイスキーを生み出しています。
主要製品、受賞歴、見学ツアー
安積蒸溜所のおすすめ製品は、原酒を基本とし世界4カ国のウイスキーをブレンドした「ワールドブレンデッドウイスキー 安積蒸溜所&4」で、「ワールドウイスキーアワード2022」で世界最高賞を受賞しました。
事前予約制の蒸溜所見学が可能で、見学後は併設のショップで試飲やお土産選びを楽しめます。
宮城県:ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所

竹鶴政孝が求めた理想郷
竹鶴政孝は、余市と異なる蒸溜所で生まれたモルト原酒をブレンドし、より味わい深いウイスキーをつくりたいという夢から、1969年に宮城峡蒸溜所を設立しました。仙台の西に位置する緑豊かな峡谷に立地し、広瀬川と新川の清流に囲まれています。
建設時には「自然を大切にしなければおいしいウイスキーはつくれない」という政孝の信念に基づき、樹木の伐採を最小限に留め、電線は全て地下に埋設するなど、自然との調和が徹底されました。
華やかでフルーティな酒質を生む蒸溜方法
宮城峡蒸溜所のウイスキーは、華やかでフルーティ、優しくやわらかな個性が特徴です。余市が石炭直火加熱蒸溜であるのに対し、宮城峡ではスチームによる間接加熱を採用し、上向きのラインアームを持つバルジ型のポットスチルを使用しています。
グレーンウイスキーは、竹鶴政孝がこだわり抜いた伝統的なカフェ式連続式蒸溜機「カフェスチル」で製造。この旧式の蒸溜機は効率は悪いものの、原料由来の成分が残りやすく、穀物由来の甘みやクリーミーなコクが特徴の香味豊かなグレーンウイスキーを生み出します。
見学ツアーと試飲体験
宮城峡蒸溜所では、無料の一般見学ツアーが開催されており、ウイスキー製造方法やニッカの歴史について学べます。試飲では、アップルブランデー、スーパーニッカ、シングルモルト宮城峡の3種類が提供され、試飲場の氷、水、炭酸水もすべて新川の伏流水を使用しています。
蒸溜所には電線や電柱が一切なく、これは竹鶴政孝が自然や景観を大切にする思いから、すべての電線を地中に埋めたためです。
山形県:遊佐蒸溜所

湧水の里に誕生した山形初の挑戦
遊佐蒸溜所は、焼酎メーカー「金龍」を母体とし、2018年11月に操業を開始しました。「世界が憧れるウイスキーを届けたい」という志を抱き、名峰・鳥海山の麓、湧水の里として知られる遊佐町に設立されました。
特徴的なのは、ウイスキー製造の経験がない初心者チーム4人が主戦力となっている点。専門家に頼らず、意欲ある若いスタッフの力でゼロからスタートし、「遊佐蒸溜所らしさ」を生み出すことを目指しています。
スコットランド流を踏襲しつつ、風土を活かす熟成
遊佐蒸溜所では、スコットランド製のポットスチルを2基導入し、設備も工程もスコットランド流を踏襲。原料の大麦もスコットランドから輸入しています。初留釜はストレートヘッド型、再留釜はバルジ型で、いずれも角度が若干下向きの長いラインアームによって銅との接触時間を長く持たせています。
遊佐町の大きな寒暖差がウイスキーの熟成を早める効果が期待されています。
製品の特徴と国際的な評価
初めてリリースしたシングルモルト「YUZA First edition 2022」は、ISC(国際スピリッツチャレンジ)で金賞を受賞。2023年11月には「YUZA Third edition 2023」をリリースしています。
岩手県:南部美人(NANBUBIJIN DISTILLERY)

日本酒蔵の新たな挑戦
南部美人がウイスキー製造に挑戦する背景には、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたことがあります。五代目蔵元である久慈浩介氏は、日本酒「南部美人」を世界62カ国に輸出する中で、「南部美人の造ったウイスキーが飲みたい」という声を多く受けました。
コロナ禍での消毒用アルコール生産をきっかけに、蒸留酒である「クラフトジン」と「クラフトウォッカ」を生み出し、蒸留酒の魅力に取り憑かれた久慈氏は、さらなる挑戦としてウイスキー製造を開始しました。
「日本酒の世界観」を表現するウイスキー造り
南部美人のジャパニーズウイスキーは、日本酒の世界観と価値観を尊重し、以下の点にこだわっています:
- 原料の麦芽は「日本産」を使用:日本酒の考え方に基づき、「東北産麦芽」での製造を開始
- 仕込み水は日本酒と同じ井戸水を使用:1902年の創業時から使用している「折爪馬仙峡伏流水」
- 酵母に日本酒の酵母を使用:「南部美人酵母」とウイスキー用酵母のハイブリッド
- 貯蔵熟成は日本酒を貯蔵していた「蔵」を利用:古い蔵をリノベーションし熟成用の樽を設置
- 「漆」の木を利用した樽の挑戦:世界初の漆の木を利用した樽の研究開発
南部美人は、岩手県二戸市を世界に知らしめるため、日本酒とウイスキーの両方で「綺麗で美しい」を味のテーマに掲げています。2024年12月からは熟成途中のウイスキーの有料試飲が始まり、同じ樽から3ヶ月後、半年後と試飲することで熟成の進み具合を楽しめます。正式な発売は2027年頃の予定です。
秋田県:秋田蒸溜所(計画中)
秋田県では、かつて大成酒造や両関酒造がウイスキー製造を行っていた歴史があります。現在は「秋田蒸溜所」の計画が進行中で、秋田のBar ル・ヴェールのオーナーバーテンダー佐藤謙一氏が監修し、年間2万リットルの生産を予定しています。
秋田県には雄物川流域と八郎潟付近にピート層が存在し、かつてウイスキー製造に必要なピートも産出されていました。また、秋田の年間平均気温は、サントリー白州蒸溜所やニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所と類似しており、良質なウイスキーを造る条件が揃っています。
計画ではレストランや宿泊施設も併設され、観光拠点としての活躍が期待されています。
東北ウイスキーが拓く未来
地域経済への貢献と観光客誘致
東北の蒸溜所は、その個性的なウイスキーを通じて国内外からの訪問者を惹きつけています。「テロワージュ東北」という概念は、気候風土と人の営みを表す「テロワール」と、食と酒のペアリングを意味する「マリアージュ」を掛け合わせた造語で、「究極のマリアージュは産地にあり」をコンセプトに、東北の「人・食・風景・文化の協奏による新しい感動体験」を世界に発信することを目指しています。
ウイスキー生産は、地域の飲食店や道の駅での販売、ふるさと納税の返礼品としての活用を通じて地域振興に貢献。また、東日本大震災の被災地で栽培した大麦を使った「希望の大麦プロジェクト」は、ウイスキー生産が地域復興と農業の持続可能性を支援する事例となっています。
持続可能なウイスキー産業の発展に向けて
東北のウイスキー産業は成長期にありますが、持続的な発展には人材不足や用地不足などの課題も存在します。また、清冽な水や豊かな森林資源を守るため、水源涵養林の保全といった環境保全活動も重要です。
一方で、ジャパニーズウイスキーの世界的な需要増加は大きな追い風となっており、海外市場への積極的な情報発信が今後の成長を左右するでしょう。
最後に:東北ウイスキー、その深遠なる魅力をぜひ

東北地方のウイスキーは、単なる嗜好品を超えた存在となっています。
戦後の困難な時代を乗り越え、不遇の時代を経て、現代のクラフトウイスキーブームの中で再び輝きを放つ、回復力の物語を体現しています。各蒸溜所は、清冽な水、大きな寒暖差、地域固有の樽材といったテロワールを活かし、個性豊かなウイスキーを創造しています。
日本酒蔵の伝統と哲学をウイスキー造りに昇華させる南部美人のような挑戦は、ジャパニーズウイスキーの新たな地平を切り開いています。また、地域経済への貢献や持続可能な産業としての発展への意識は、東北ウイスキーの未来を明るいものにしています。
東北のウイスキーを巡る旅は、琥珀色の液体を味わうだけでなく、その背景にある風土、歴史、そして人々の情熱に触れる、五感を刺激する体験となるでしょう。それは、この地の自然の恵みと、伝統を守りながらも革新を恐れない職人たちの精神が凝縮された、まさに「風土が育む琥珀色の物語」なのです。